20231016

恋人が来てくれて3日目、かなり精神状態が良くない。出かけるつもりだったが何も決められなかった。向こうは私の意思を尊重してくれて、あれはしたくないかもこれはしたいけどめんどくさいかも、という我儘に合わせて逐次行き先を提案してくれた。でも何もできない気がして渋っていた。そもそも恋人は私の調子に合わせたお出かけをしようとているのだから、私がどこで何をするか決めるのがスジだとは思うのだが、とにかく何も決められないし、家で何かをしたいとも思えない。一応こちらからも一個ずつ何かを提案して、恋人がじゃあそうしよっか、とも言ってくれるのだが、自分の調子的に可能かどうかわからずやっぱり渋るというのを繰り返した。恋人はかなり根気強く接してくれたが、自分が出かけ先をようやく決めたところで準備2(出かける準備1はしていたが不十分だった)をしはじめたりで、とにかく疲弊させてしまった。彼が疲弊をこちらに伝えないように努力していることはよく理解しているが、理解しているからこそ態度に出ている時点で相当疲れているのだとわかってしまい、不安でどうすればいいか余計にわからなくなる。

知らない場所で写真を撮るために、適当なバスに乗って終点まで行った。楽しみで行ったはずが、着く頃には限界まで疲れてしまっていた。ここで寝て一晩過ごしたい、と思うときは大体限界がきている。とりあえず座って飲食をしたいが、何もよくわからなかった。恋人は終始私の意思を汲み取ることに全身全霊をかけているような感じで、そしてそれがうまくいかなかったせいで、家でも道中でもしきりに謝っていた。私は王としての教育(笑)を受けているので、相手の機嫌を伺わなかったり、自分が全てを決定することが、ある種の人間に安心感を与えることを知っている(勿論case-by-caseだが)。しかし今は何もわからず、全く自己コントロールができない、王としての義務を果たせていない。彼が謝るたびに、自分が彼を不安な気持ちにさせているのだと思い精神が挫かれる。最終的に、自分の写真を撮られることにすら疲れを感じてきて、彼に撮らないでくれとお願いするとまた謝られ、では他の何もかもを撮らないようにする、と言われる。それは彼がカメラを持つとどうしても私にもレンズを向けてしまうからという合理的な理由があってのことだったが、とにかく自分が甚だしい搾取をしているような気分になってきて、繰り返される謝罪のワードがトリガーになって道で泣き喚いてしまった。薬を飲み、落ち着くために喫茶店に連れて行ってもらった。

自分の意思を持たずに過剰に相手の意思を尊重するというのは、相手に意思決定を強いるという点では、ある意味では意思を尊重していないのと同じ構造になっている、という話をした。しかし自分はあまりにもリアルタイムで話をまとめることが下手で、相手の話への反論も言語が拙く、私が伝えようとしている論理はおろか、私が相手の話を理解していることも伝わらないようで大変だった。私と相手の認知的な特性はあまり噛み合っていなさそうなので仕方ないのだが、問題解決が難しいと感じた。私がこうして文章化することが、正しく課題を伝えるための方法として最も適していると思う。長々とした文章を整理して書くのは好きじゃないが、できる範囲でやろうと思う。

自然言語ってマジで嫌いだと思いました、おわり